「通帳を手放してくれない…」認知症の親への対応を現役ケアマネが解説

家族介護のヒント

「認知症の親が通帳を手放してくれない…」「無理に取り上げるのはダメって聞くけど、このまま放っておくのも不安」

そんな悩みや戸惑いを抱えていませんか?

実は認知症が進むと「通帳やお金を守りたい」という気持ちが強くなり、ご家族であっても通帳を預からせてくれないことがあります。

この記事では、認知症の方が通帳に執着してしまう理由や、無理に取り上げたときのリスクについて解説します。

ご家族ができる対応策や限界を感じたときの備え方まで分かりやすくお伝えしますので、ぜひ最後までお読みください。

通帳を手放さないご家族に、どう対応する?

まずは、なぜご本人が通帳にこだわるのか、背景を知ることが大切です。ここでは、通帳を無理に取り上げた場合に起こるリスクや、現場で実際に使われている対応策をご紹介します。

なぜ手放したがらない?よくある原因について

認知症によって記憶や判断力が低下すると、お金に関する不安やこだわりが強くなることがあります。特に通帳や現金の扱いは、ご本人の「生活の安心」と深く結びついているため、過敏に反応することも少なくありません。

ここでは、よく見られる3つの心理的背景をご紹介します。

① 妄想や記憶の混乱から「お金がなくなる」と思い込む

認知症が進行すると、過去の記憶と現在の出来事が混ざることがあります。たとえば「昔、財布を落としたことがある」「詐欺にあいそうになった」といった過去の記憶が強く残り、「またお金がなくなるかも」と不安になります。

さらに、自分でしまい込んだお金を忘れ「誰かに盗られた」と誤解するケースも少なくありません。その結果「通帳は絶対に手元に置いておかなきゃ」と執着してしまうのです。

② 自分の財産を「守る責任がある」という気持ちが強くなる

昔から家計を預かってきた方ほど、「お金を守るのは自分の役目」という意識が強いです。この「責任感」は認知症になってからも残り続け、「自分がしっかり管理しなければ」という意識は簡単には消えません。

例えば「年金の管理は私がする」「生活費をきちんと分ける」など、以前の習慣やルールに強くこだわる傾向があります。ご家族が通帳を預かろうとすると、「勝手に使われるかもしれない」と警戒心が強くなってしまうのです。

③ お金に関することは「最後まで自分で管理したい」というプライド

通帳や印鑑の管理は「自分らしさ」や「役割意識」を感じられる行動です。「お金を管理できる=自分はしっかりしている」という自尊心の支えにもなっています。

家族が「もう管理は無理だよ」と伝えると「自分を否定された」と感じ、対立を招くこともあります。

無理に取り上げることのリスク

「お金の計算が難しそうだから」「詐欺にあってしまうかも」と心配して通帳や印鑑を預かりたくなる気持ちもわかります。しかし、無理に通帳を取り上げるとかえって状況が悪化するケースが多いのも現実です。以下に実際に起きやすいリスクを挙げます。

① 疑いが深まり「盗まれた」「だまされた」と思い込む

無理に通帳を取り上げると、「お金が勝手に消えた」「家族に奪われた」と思い込んでしまうことがあります。「警察に連絡する」と騒ぎが大きくなることもあり、家族への不信感が高まるため注意が必要です。

② 親子関係がこじれて、話し合いができなくなる

一度「勝手に持っていかれた」と感じると、その後の信頼関係を築くのが困難になります。「親のため」と善意でやったことでも「裏切られた」として本人の心に強く残ってしまうことがあるのです。

③ 通帳や現金を隠すようになり、状況がさらに悪化する

無理に取り上げられた経験から「絶対に見つからないよう隠さなければ」と警戒心が強まり、押し入れの奥や仏壇、冷蔵庫などに隠してしまいます。結果的に、紛失や盗難のリスクが高くなります。

ご家族ができる「すぐにできる」対応策は?

無理に通帳を預かることは避けつつ、トラブルを防ぎたい。そんなときにできる工夫を4つご紹介します。

●「コピー通帳」や残高のない「古い通帳」を渡す

ご本人が「自分で通帳を持っている」という安心感を守るための工夫です。カラーコピーしたものや、古い通帳を渡すことで、手元にないと落ち着かない気持ちを和らげられるケースもあります。

目的はご本人を騙すことではなく、尊厳を守りながら資産を安全に管理することです。

● 少額の現金を渡して「自分でお金を管理している」と安心感を与える

お財布に数千円程度の現金を入れ渡してあげる方法です。自分で買い物ができるという経験は、「自分はまだ管理できる」という自尊心や自己肯定感を満たすことにつながります。

全財産は危険ですが、少額であれば万が一紛失しても被害は最小限で済みますし、ご家族も安心して見守れます。

●「銀行で確認が必要」などの理由を伝え、第三者のせいにして一時的に預かる

ご本人と直接対立するのを避けるための、いわば「方便」です。「家族が管理したい」と伝えると角が立ちます。

「銀行で手続きが必要になった」「年に一度の記帳更新で、窓口に持って行かないといけない」など、やむを得ない理由を伝えると、ご本人も納得しやすくなります。

ポイントは、主語を家族ではなく、銀行や役所といった「逆らえない第三者」にすることです。これにより「家族に奪われる」という被害者意識を和らげ、「仕方ないことなんだ」と思ってもらいやすくなります。

● どうしても難しいときはケアマネジャーなどの第三者の力を借りる

家族だからこそ、感情的になったり、これまでの関係性が邪魔をしたりして、話がこじれることは少なくありません。そんな時は、担当のケアマネジャーなど、公平な立場の専門家に間に入ってもらうのが有効です。

「今後の生活のために、お金の管理方法を一緒に考えましょう」と、ご本人の気持ちに寄り添いながら冷静に話を進めてくれます。ご家族が言うと反発してしまうことでも、専門家から言われると、素直に耳を傾けてくれるケースは現場でも多いです。

それでも限界がある…家族だけで抱え込まないために

それでも、お金に関するトラブルが発生してしまうこともあります。ここでは、実際に起きたトラブル事例と財産を守るための選択肢を紹介します。

実際に起きるトラブル例

ATMを繰り返し操作し、預金を引き出してしまう

毎日ATMに通い、大金を引き出してしまうことがあります。残高が不安で何度も確認するため、結果的に数日で多額のお金を紛失してしまうケースも少なくありません。

タンス預金にして紛失する

「現金で持っていたい」と隠してしまい、そのまま場所を忘れてしまいます。掃除中に思わぬ場所から現金が見つかることもあります。

業者と高額な契約をしてしまう

見知らぬ業者が訪ねてきて、リフォームや布団、健康器具などを勧められ、その場で高額な契約をしてしまう。こうした訪問販売トラブルも、判断力の低下した高齢者にとっては大きなリスクです。

また、最近多いのがテレビなどの通販番組で、大量の買い物をするケースです。孤独感や不安を埋めるために電話口のオペレーターと話すことが目的になったり「これを買えば健康になれる」という言葉を信じやすくなったりするため、同じ商品を大量に購入してしまうことがあります。

財産を守るために…法的な備えも選択肢に

本人の判断力に限界を感じたら、法的な備えも考えましょう。主な制度として「成年後見制度」と「家族信託」があります。2つの制度の違いは、利用を開始するタイミング(ご本人の判断能力の状態)です。ご家族の状況に合わせて検討しましょう。

①成年後見制度:判断力が落ちたあとでも、法的に支援できる仕組み

認知症が進行し、すでにご自身での財産管理や契約が難しくなった後で利用できるのが「成年後見制度」です。

家庭裁判所に申し立てることで「後見人」が選任され、本人の代わりに通帳や不動産などの財産管理、契約内容の確認などを行えます。

◯メリット

  • 法的な効力が強く、契約トラブルや不正利用を防げる
  • 介護施設への入所契約なども、後見人が対応できる

◯注意点

  • 家庭裁判所を通すため、申立てや報告義務など手間が多い
  • 一度始めると簡単にはやめられず、柔軟性に欠ける場合もある

特に「すでに通帳の管理が本人にとって危険な状態」であれば、選択肢として現実的になってきます。

②家族信託:判断力があるうちに準備できる「柔軟な資産管理」

ご本人に、まだ十分な判断能力が残っているうちに、将来に備えて準備できるのが「家族信託(民事信託)」です。将来の認知症リスクに備えて、信頼できるご家族にお金や不動産の管理を託す仕組みで、ご本人が元気なうちに契約を結ぶのが特徴です。

◯メリット

  • 家庭裁判所を通さず、柔軟な設計ができる
  • 通帳や不動産の運用・管理が家族に移るので、資産凍結の予防になる

◯注意点

  • 契約内容をきちんと設計する必要があり、専門家への相談が必須
  • 知名度がまだ低く、金融機関との調整に手間取ることも

最近では「親が元気なうちに準備しておきたい」「相続ではなく、今の管理を託したい」と、家族信託を選ぶ方も増えています。

ご本人が「元気なうち」に話すべきこと

通帳のことで悩み始めたということは、ご本人の暮らしとお金に、少しずつサポートが必要になっているサインです。今は問題ないように感じても、ご本人の判断力が落ちてきたときに、ご家族だけで対応するのは大変です。最悪の場合、詐欺などのトラブルにつながる可能性もあります。

だからこそ「今のうちに何ができるだろう?」「どんな制度を使えば、お互いが安心できるだろう?」という視点で、少しずつ準備を始めておくことが大切です。

まとめ:ご本人の気持ちを大切にして資産を守るために

認知症の方が通帳を手放さない理由は、「わがまま」や「頑固さ」ではありません。ご本人の不安感やプライド、習慣が関係していることを理解するのが大切です。

通帳を無理に取り上げてしまうと、状況が悪化するリスクがあります。だからこそ、コピー通帳や少額の現金を渡すなど、ご本人が安心できる方法で少しずつサポートしていきましょう。

ご家族だけで対応するのが難しくなったら、ケアマネジャーや専門家の力を借りることも必要かもしれません。成年後見制度や家族信託といった法的な仕組みを活用する選択肢もあります。

ご本人がお元気なうちから、ご家族で話し合っておくことが、安心した暮らしにつながります。